貿易英語のこと

 

私はたんに英語が好きだってことだけで突然、貿易英語を任されたのね。
最初のうちは、取引先さがしのための英文を書くのにも、 「そんな表現、英語にはないわよ!」とか言って、日本語で文章を口述するボスに八つ当たりしていましたが、実は貿易英語っていうのはそれほどむずかしいものではありません。
貿易実務英語の本なんかの例文を拾いだし、つなぎあわせていけば、なんとかそれらしい文章になるものだし、それに、基本は人と人とのやりとりなのですからね。



エコロジーTシャツを扱うアメリカの業者からは、いつも丁寧で心のこもった文章が届きました。頑張り屋の夫婦ふたりでアメリカ国内の卸しから輸出までこなしているこの業者は、奥さんのジルのほうが文章を担当していました。

ジルとFAXのやりとりと交わしていると、ある日文章の最後に、タイプした文字ではなくて手書きの文字でこんな言葉が追伸してありました。

「Ms.ではなくてMr.と書いていたことを許してください」

驚きましたね。
ジルは私が男か女か、だれか日本のことがわかる人に聞いてみたのでしょうね。こんなことは始めてです。

外国人には日本人の名前の、男女の区別なんてつきませんから、今まで私がImport Managerの肩書きで出してきた手紙の返事は、100%、Mr.Taekoで返ってきていました。
自分からいちいちMs.Taekoと名乗るのも面倒だし、別にMs.でもMr.でも業務には関係ないからどっちでもいいもんねって思っていたので、ずっと私はMr.扱いされるがままに放っておいたのでした。だから、彼女から始めて
Ms. と女性冠詞をつけられたときは、軽いショックを覚えました。

その後ジルから届くFAXには、時おり
季節の挨拶 が付け加えられるようになりました。
2月には、
「ニューヨークは少し気候が穏やかになってきました」
4月始めには、
「日本では桜の季節ですね」
なんてふうにね。
季節の挨拶だなんて、なんだか日本人的な細やかさですよね。

その後、実際に彼女に合う機会がやってきました。東京で開催される「USアパレルショー」という展示会に、私たちは新しい取引業者さがしのためにでかけたのですが、ジルたちがその展示会に出店していたのです。
展示会場はたくさんのブースに区切られていて、私たちはアウトドアや古着、Tシャツなんかを扱っているブースをチェックしながら端から回っていました。
そして、そうです、当然ながらジルたちのブースに辿り着きました。

私は彼女に声をかけるのが恥ずかしくて、バレなければいいのにな、なんて子供みたいなことを思いながら、彼らのブースにぎこちなく近寄っていきました。黙って商品だけ見ようとしたわけです。
しかし、仕事のできるジルは素早く私が胸につけている名札を見て取ると、Oh!と言って目を大きく見開きました。アメリカ人の女性にしては地味で控え目な印象の彼女は、慌ててボストンバッグの中からぶ厚い商品カタログを取り出し、どうぞどうぞと手渡してくれました。
彼女の耳には
水晶のピアス が揺れています。ますますもって気恥ずかしいことに、なんと私も水晶のペンダントをしていました。なんだか文通相手に会うようで、顔が赤らんできて仕方ありませんでしたね。


お金を振り込んだのに商品を送ってこない、なんてことは私たちの場合一度もありませんでしたが、
商品が不足 しているということはままあります。この場合は、不足していましたよといえば、どこも必ず次回に精算してくれます。
困るのは、
商品がなかなか届かない という状況です。いつもこのことでイライラのしどおしでした。

イギリスから古着を入れていた時など、
発送が一ヶ月も二ヶ月も延びたり して、ええ加減にせぇよ!と、ぷっつんいきそうでした。しかし、だからといって、もう要らんわい、とは言えないのです。どうあってもその商品が要るのですからね。

この国は、夕方5時と同時に、どんなに行列が続いていても窓口をぴしゃっと閉める国ですから、ものごとがてきぱきと進まないのも仕方のないことかもしれません。
私も昔、この国で学割の安い切符を買おうとして列に並んでいて、目の前でガラス窓をぴしゃっと無慈悲に閉められたことがあります。イギリス人は親切で誠実な人が多いと思うのだけれど、この仕事に対する融通の無さにはまいります。

そんなわけで、イギリス古着の秋冬ものを9月に店に並べようと思ったら、3月には注文していないと間に合いませんでした。
どうして
半年も前 に注文をしていたかというと、テレックス(FAXが普及する前の国際通信手段)で在庫の確認や取引条件のやりとりをするのにまず一ヶ月かかり、次に、送金してから発送までになぜか最低一ヶ月、船で運ばれてくるのに一ヶ月、その後富山で通関するのにこれまたどーゆーわけか二ヶ月(第二話を読んでね)、それから選別、クリーニング、 ボタン付けや裏地直し をするのに一ヶ月、とまあ最低でもゆうに半年かかったというわけなのですよ。
ねっ、なんとも気の長い仕入れでしょ?

一度などは、追加で秋に注文を出したら発送が真冬にずれこみ、イライラしながら待っていたら、こんなテレックスが送られてきました。

「海が凍っていて、船が出航できません」

ええーっ!
海が凍ってる
なんだそれ、シベリアじゃあるまいし、と思いながら世界地図を開いてみると、おお、そうか、彼らのいるところは緯度にして、北海道のずーっと北、
樺太の最北端 にあたるのであった。そうか、イギリスってのはそんなに寒いところだったのか。
でもまてよ、それにしても樺太のように
流氷 に閉じ込められる海域ではないぞ。だとしたら、たぶん船が寄港した先で、流氷に閉じ込められたのだろうな。もし、イギリスの港で出航できなくなったのだとしたら、彼らは他の港で船積みし直すだろうからなあ。
うーん、いったい私たちの荷物を乗せた船はどういう航路をとっていたのだろうか、、。世界地図を前に謎は深まるばかりであった。(未だ謎は解明されていない)


アメリカのフロリダにある業者に急ぎの注文をしたときも、イライラさせられましたね。

「商品はUPSで発送しました」

というFAXをもらい、国際宅急便のUPSだったら一週間以内に必ず届くな、と安心していたのに、なぜか二週間経っても商品は届きません。ひょっとしてまだ発送していない、なんていう恐ろしい事態が起こっているのでは、、。いや〜な予感に胃が痛くなりそうです。

万が一に備え、別の業者にすぐさま代わりの注文を出しておいてから、私は苛立ちをなんとか抑えて丁寧な英語でFAXを送りました。

「いまだ商品が届きません。いったいいつ発送したのか教えていただけると有難いのですが」

すると、平謝りのFAXが返ってきました。

「謝らなければなりません。実は配送部が、私があなたにお知らせした日には発送していませんでした。商品は来週には届くはずです。本当に申し訳ありません」

という英文に続いて、驚いたことに日本語で、「申し訳ございません」とタイプしてありました。きっと日本語入力のできるワープロを使っているにちがいありません。う〜む、やるな。

しかし彼のいった来週の一週間が過ぎても商品は
届きません 。ガーン!なんて私って甘っちょろいの!「申し訳ございません」という殊勝な日本語に気を許した私がばかだった。もっと早くにことの重大さを知らしめておくべきであった。オー、マイ、ゴッドの状況である。

このごに及んでも絶対に国際電話をかけたくない私は、なすすべもなく、またもFAXを送ります。しかしもう礼儀正しくワープロなんか打ってられない。手書きでよいのだあ。
FAXの文章を手書きで書きなぐると、ここは重要ですよ!とわからせるため、
波線 のアンダーラインを力強く引いたのでした。

「商品がまだ届きません。商品の中には、 選挙運動 で使う大切なアイテムが入っています。クライアントに説明するために、 正確な発送日 を教えて下さい。すぐに返事を下さい」

選挙運動と聞いて慌てふためいたのだろう、すぐさまFAXが返ってきました。

「UPSに問い合わせたところ、荷物は東京にあり、今日そちらに発送されるそうです。遅延は、我社の配送部の責任です。配送部からの正確な発送日を調べていますが、今この地域を襲っている激しい雷雨(サンダーストーム)のせいで、コンピューターがダウンしています」

へっ?
コンピューターがダウン ?サンダーストーム?

そういえば、アメリカの映画にはよく暴風雨の場面があるよなあ。竜巻とかもよくある国だしなあ。
とそこで、はたと気がつきました。この会社は
フロリダ にあったんだ!
フロリダといえばハリケーンの被害の多いところではありませんか。いつだったか、ハリケーンでこなごなに砕かれ、全壊した家の前で立ち尽くす少女と、その少女を抱きしめるクリントン大統領の姿というのが新聞に載っていました。アメリカの大統領ってのは、災害があるとすぐさま駆けつけるってとこがえらいよな、とその時思いましたね。

さて翌日の新聞の国際欄を見ると、ハリケーンの記事はなくて、ほっ。
そして今度こそ荷物が届いて、ほっ。

しかーし、その直後、念のためにと他社にも注文しておいた商品が届き、いらぬ在庫を抱えてしまうことになった私たちでありました。


 

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