キャンプブーム

バブル崩壊と入れ違いに、キャンプ場にアウトドアブームがやってきました。
1993年の夏は、そこらじゅうに真新しいテントが出現し、真新しいタープがやたらえらそうに土地を占領していったのです。

タープというのは、テントの上に張って夜露を防いだり、テント前にちょっとした食事スペースを作るためのひさしの役割をするものだとばかり思っていましたが、真新しいタープの持主たちはそうは思っていなかったみたいです。
テントの隣に
さらに八畳 ものぜいたくな土地を使ってタープを張り、その日陰にテーブル、椅子、台所用品を並べます。
もちろん家族が多い時はこうやって一家団欒するのもよいでしょう。それにひょっとすると、これが正しいタープの使い方なのかもしれません。

しかし問題なのは、この隣にもうひとつ、家の形をした
全面カヤ張りのテント を張ることなのですね。最近やたら目に付くようになったこのカヤ張りテントの中にも、テーブルや椅子が並び、夜食事をしたり、トランプをしたり、お酒をのんだりしています。カヤだから当然、蚊にさされなくて快適そうです。

しかし、ちょっと待って!
テントとタープとカヤ、この三つを張って快適なキャンプ生活をするご家族がいったいどれだけ広大な敷地を占領しているかというとですね、なんと
十坪の土地をひとり占め していることになるのですよ。今まで私たちが三家族でなかよく三つのテントを張っていた土地に、です。
今まで私たちが友好的な近所付き合いの距離を保ちながら、混み具合を考慮しつつ、限りある土地を無駄遣いしないようにテントを張っていたというのに・・・そのモラルがあっという間に反故にされてしまったようで、なんとも楽しくない。

これがキャンプ場の空いてる時期ならいいよ。でも混み合うお盆の時期に十坪の土地を占領するとなると、キャンプ場としても使用料値上げ、タープ代徴収、完全予約制を打ち出すようになるのは必然。遠い道のりをはるばるやってきても、以前なら親切に対応してくれていたキャンプ場が、今では予約してないからダメです、とにべもない。

いのちの祭(第四話を読んでね)に参加するその行き帰りに、私たちはよく白馬村のキャンプ場に立ち寄ったものです。
国道からほんの少しはずれた「白馬グリーンスポーツの森」の一角にあるキャンプ場は、子供を遊ばせるにはもってこいの場所なのです。巨大アスレチック、いかだ遊び、マレットゴルフ、釣り堀、そしてなんといってもこれですこれ、魚のつかみ取り!と、遊びがいっぱい。

子供が少し大きくなると、八方尾根を登山したり、シャガール美術館に行ったりという楽しみ方もできます。

馴れ親しんだこのキャンプ場に、四年連続でやってきた私たちは、今回はのんびりとハンモック作りをして過ごしていました。私の息子(ボスの息子ともいう)が夏休みの工作に思い付いたこのハンモック作り、なかなか面白くて、私の方がハマりましたね。

どういうわけか毎年のように出会ってしまう若夫婦がいて、ほっそりしたダンナさんは毎日きまったように
マウンテンバイクに乗って川釣り に出かけ、そうして釣った魚を炭でじっくりと焼いてはその日のおかずにしていました。
寡黙で静かなこの夫婦と会話を交わしたことはありませんが、彼らはよい隣人でした。
「今日はニジマス四匹かあ」と、親しい気持ちで隣人の夕食作りを眺めているうちに、息子は釣りに興味を覚えたようで、釣り堀をやってみることになりました。こういうのもキャンプならではの楽しい展開です。

ところが、この静かな隣人がテントをたたんでいなくなり、はたと周りを見渡せば、そうなのです、前述したような真新しいテント、タープが色あざやかに立ち並んでいたのです。



地べたに座り込んで、
アリを追い払いながら 食事してるのは私たちだけ。
地べたでコールマンをシュポシュポして火を起こしているのは私たちだけ。
巨大遊具に目もくれず、
薪になる木はないか とうろついているのは私の息子ばかり。

どこの家庭もテーブルと椅子で食事をしているし、
立ったまま食事の用意 をしている。
立ったままでガスコンロをカチャッ、火がボワーッなのです。
立ったままで栓をキュッ、水がジャーッなのです。
おお、すごい、キャンプ場に台所がそっくりやってきましたですよ。
と驚いていると、私たちの向いに新しい家族がやってきました。
都会っ子らしいあかぬけた女の子二人と、パパ、ママという呼び方が許せるやはりあかぬけた両親の四人家族です。言葉遣いからすると東京方面から来たようです。

一家はランドクルーザー型の車から衣装ケースを次々と運び出していきます。ほほう、私たちは衣装ケースに商品を詰め込むが、この家族はキャンプ用品を詰め込んでいるのだな。
でっかいテントが張られ、でっかいタープが張られていきます。妻や娘たちはうろちょろするばかりでちっとも役に立っていません。日頃ゴルフで鍛えていそうなパパがひとりで大活躍しています。

カシャッ、カシャッとするだけでガスコンロが出来上がり、カシャッ、カシャッでテーブルと椅子が出来上がります。カシャッでゴミ箱も出来ました。
おお、そうだったのか。カシャッ、カシャッでなんでも出来上がっていくのか。

衣装ケースの中から
ランプが四個 も取り出され、四ケ所に吊るされました。
衣装ケースの中からまるめてない寝袋が取り出され、テントの中に放り込まれました。
なかなか動きにムダのないパパです。「パパすごい!」って感じです。夕食もパパが焼肉を作りました。
ところで夕食の後片付けはいったい誰がしたのか、については、ついうっかりしていてチェックできませんでした。いやはや残念です。うまくすれば「キャンプ場における都会派パパの行動社会学」とかなんとかいう研究論文が書けたかもしれなかったのにさ。

さて朝がきました。
お湯を沸かすためにコールマンをシュポシュポして火を起こそうとしている私の向こうで、向いのママはガスをカチャッとひとひねりして火を起こしました。
スカートをはいて、エプロンをつけ、かかとの高いサンダルをはいたママは山の手の若奥さんって感じで、優しい手つきで目玉焼きを焼き始めました。でっかいクーラーボックスからは
レタスやトマトや牛乳 が取り出されます。朝から栄養満点です。
さっきテントの中で寝そべって、息子と一緒に
メロンパンの朝食 をとった私は母親として恥ずかしい。

それにしても、ピカピカの簡易システムキッチンがそこにあって、香水の匂いがしてきそうな若奥さんがそこにいるので、ちらちら眺めている私は、なんだか他所の家の台所を盗み見しているような、他所の家の冷蔵庫の中を盗み見しているような、もっといえば若奥さんの生活を覗き見しているような感じまでしてきて、勝手に恥ずかしくなってきます。
よそんちを眺めるのは不作法な行為かもしれないのでやめよう、と思うのだけれどやめられない。
私の目は、若奥さんの胸元に吸い寄せられてしまうのです。
彼女の白い胸元にキラリと光るのは、なんと、
ティファニーのオープンハート ではありませんか。
おいおい、キャンプ場にオープンハートはないだろ。ま、いいけどさ。



アウトドアブームが過熱する一方のキャンプ場に、かくして馴染めなくなった私たち・・・。
もうこうなったら、でっかい車がやってこれないところでキャンプするしかない。
おお、そうだ。地元富山に、ちょうどおあつらえ向きのキャンプ場があるではないか。
ってことで私たちが目指すことになったのは、日本アルプスの雄・
劔岳(2998m)のベースキャンプ、 雷鳥沢キャンプ場なのであります。

 

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