第二十三話

ドクドクの映画もあった

お盆にはいると土用波が出始めて海は荒れ、泳げない日が何日も続いた。海水浴客は急激に少なくなり、露店はいつの間にか姿を消していた。

亮一たちは相変わらず毎日浜をうろついていた。浜茶屋はどこもひっそりとしていたが、浜茶屋の立ち並ぶ浜にいるだけで充分に楽しかった。

毎年この時期になると、浜では盆踊り大会があったし、亮一が楽しみにしている野外映画会があった。
映画は夜八時からの上映だったが、浜の子供たちはたいてい一時間以上も前からやってきて、砂浜に準備された映写機を眺めたり、二本の丸太で張った馬鹿でかい敷布のような映写幕を見上げながら映画が始まるのを待った。

今年の映画は「乳酸菌のはたらき」という教育映画と、小林旭の「ギターをもった渡り鳥」の二本立てで、まず「乳酸菌のはたらき」が上映された。
のっけから人間の心臓が写し出されて亮一はギョッとした。心臓が脈打っている大写しの映像が延々と続き、スピーカーからは「ドク、ドク」という心臓の音が響いていた。
風で揺れる映写幕のハタハタという音と、暗い海から聞こえてくる波の音と、そしてドクドクという心臓の音とが不気味に重なり、亮一と鉄也は肩を寄せ合って映像の世界へと引き込まれていった。


それから数日経った波のおさまった日、亮一がいつもより三十分遅れた十時半に慌てて鉄也を迎えにいくと、鉄也はすでに家にいなかった。亮一は急いで浜へ行った。だが、いつもいる上海の床下にも、あたりのどこにも鉄也の姿は見当たらなかった。
浜は昨日より更にひっそりとしていて、陽射しも弱く、上海の売店では新見知りのアルバイトのお姉さんがひまそうに海を見ていた。

「ねえちゃん、てっちゃん見なかった?」
「さあ、見てないけど。かくれんぼでもしてるの?」
「そうじゃなくて、てっちゃん来てるはずなのに、いないから」
「そのうち来るわよ」

ボート小屋の前に上海のおっちゃんがいないことに亮一は気付いた。
「おっちゃんは?」おっちゃんの望遠鏡を借りて鉄也を探そうと思いついたのだ。
「ああ、さっき防波堤のあたりで小学生の子が溺れてね、それでここのおじさんも助っ人に行ったのよ」そう言うと、お姉さんは急に怪訝な顔になった。
「まさかてっちゃんじゃないと思うけど、、、」

次の瞬間、亮一は防波堤に向ってまっしぐらに走っていた。

不意に襲ってきた嫌な予感が、亮一の体の中を駆け巡っていた。
ザク、ザクと砂を蹴散らす音が耳に大きく響き、ドク、ドクという心臓の音が不気味に重なっていた。

波打ち際に、砂の城が崩れかけ、砂まみれのクラゲがポツン、ポツンと転がっていた。
いつも見ているはずの光景が、いつもとまるで違って見えていた。


  

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