第十七話

モンキーダンス

みゆきのせいで午前中がすっかり潰れてしまったその日の午後、鉄也と亮一は浜の露店を見物に行った。
浜茶屋へとつながる浜の中程の太い道沿いに、二軒の露店が昨日から店を開いていたのだ。

露店に行く途中には、夏場だけの臨時の派出所がぽつんと建っていて、二人が通りすがりに開け放たれた窓から何気なく覗くと、六畳の畳の上で、若禿の警官が大の字になっていぴきをかいていた。入口の土間では、黄ばんだ包帯を巻き直している中年の看護婦が、いびきの主を呆れ顔で眺めていた。そこは、日赤病院の出張所も兼ねていたのである。

八月に入って陽射しはいっそう強くなり、浜はうだるような暑さだった。

二人が露店へ行くと、一方の射的場では大人が数人騒いでいた。ひとりの男が、赤い布で覆われた台に躰を前のめりにさせて銃を構え、ちり紙で作った短冊の先に吊り下げられた煙草の箱を狙っていた。

もう一方のスマートボールの露店では、十台程並んだゲーム台の右端で、ふとん屋の洋介ひとりだけが真面目臭った顔で白い玉をはじいていた。

「六十円も遣うて、三塁打んとこに二回入っただけやちゃ」
洋介は二人に調子を聞かれると、口借しそうに言った。
「ほんじゃ、今日は止めとこうよ」
亮一は鉄也に言った。二人の小遣いの二十円では、ゲーム一回分にしかならないからだ。

洋介の家は、夏場だけ海水浴客のための休憩所を営んでいて、洋介は家の手伝いの報酬としてけっこうな小遣いを稼いでいた。洋介が最後の玉を焦造作にはじき終えると、三人は太い道の真ん中にある、高さニメートル程のお椀型をした噴水の方へ行って、噴水の下の干上がった水溜めのへりに熟さをこらえて腰掛けた。(何故か、この噴水から水が出ているのを亮一たちは見たことがない)

海浜ホテルにあるジュークボックスの前で、若い女たちが腰を低くして、毛糸玉を巻くような奇妙な仕草で踊っていた。
「モンキーダンスやちゃ」
洋介が亮一の視線に気付いて言った。
「モンキーダンス?」
亮一の知らない異次元で、楽しそうに踊る変な女たちであった。

この夏、亮一たちはエレキギターの生の演奏を初めて聴いた。
それまで亮一はエレキという言葉さえ知らなかったので、大学生のアマチュアバンドが浜にやってきて演奏を始めたとたん、その音の大きさと、エレキのもつ強烈で凄まじい個性に度肝を抜いた。
この年はビートルズが日本にやってきた年であり、時代の一翼にエレキブームがあり、ベンチャーズブームがあった。浜では男も女もめったやたらに黒メガネをかけていて、亮一にはそんな若者やおっさんがすこしブキミな存在に思えた。

前の年に警視庁が「トップレスの水着を禁止する」という通達を全国に出したとかで、海水浴に来ている若い女性は皆、ビキニではなくワンピースの水着を着ていた。
しかしその一方で、井戸端会議に興じる地元のおばさんの中には、暑さに耐えかねてか、あっぱっぱをはだけて萎びかけの乳房を露出させている人が結構いた。そんな夏だった。

ジュークボックスの曲が変わったようで、女たちの踊りがモンキーダンスから、片足を上げて左右に振る踊りに変わった。
「洋ちゃん、あれっちゃ何け?」鉄也が顎で女たちを示した。
「−−いや、知らんちゃ」洋介は首をかしげた。
「ありゃあツイストっちゅうんじゃ」
突然の声に三人が振り返ると、若禿の警官が顔をにやつかせて立っていた。巡回に出てきたらしい。

「こんなとこで見とらんと、あそこ行って踊ってきたらどうや」
「いやちゃ、あんな変な踊り」鉄也がしかめっ面で応えた。
「変じゃないちゃ。あれが若いもんの踊りやちゃ。まあ、そのこたあ、おまえらはまだチンボコの毛も生えとらんからのお」
若禿はそう言うと、「ハハハ」と笑った。

「チンボの毛ぐらい生えとるよ」
洋介がふてくされた顔で言った。亮一と鉄也は口をつぐんで顔を見合わせた。
「ほお、そうか、もう生えとんがか。そりゃ悪かったのお。ほんじゃ、もう一人前だのお」
若禿は洋介に軽く敬礼をすると、亮一と鉄也の方を見透かしたようににやっと笑ってから巡回に行った。

「ちぇっ、つまらんのう」
鉄也は立ち上がり、大きく伸びをしながらまぶしそうに空を見上げた。
「泳ぎにいこうか、暑いから」
「そういえば、上海のおっちゃんが飛込み台を高くしたがやぜ」と洋介。
「なら行くか」
三人は踊る女たちの横を走り抜けながら、ジュークボックスに負けじと声を張り上げた。

ひかる〜海、ひかる〜大空、ひ〜か〜る大地〜〜〜



   

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