第十三話

フリルの水着

亮一が双眼鏡を覗くと、捜索現場には十数人の人がいるだけで特に変化はなかった。二百メートル程沖に並んで止まっている二艘の漁船の船上では、漁師同士が会話しているようだ。何か作業をしているようにもみえる。まさかそんなところに高校生が沈んでいるわけはないだろうに−−。

すこし左に視線を移すと、ロシア船がぼやけて見えた。焦点を合わせると、黒色と茶色に色分けされた船体の船首に、ロシア語らしき文字で何か描いてあるのが見えた。たぶん船の名前なのだろう。船のちょうど中程に、海面まで斜めに階段が下りていて、階段の上の甲板には三人のロシア人が立っているのが見えた。表情まではわからない。船の向こうの水平線に、うすぽんやりと能登半島が富山湾に迫り出している。

双眼鎖を左へと移動させていく。と、不意に自灯台が大きく現れた。その奥には、岩瀬港を隔てて赤灯台がひとまわり小さく見える。白灯台は、岩瀬浜の西側から二百メートル程沖に突き出た防波堤の先端にあり、今日も何人もの男たちがそこで釣りを楽しんでいた。

更に焦点を左手前に合わせていくと、海岸線に沿って立ち並ぶ浜茶屋が見えてくる。
「あすなろ荘」の前では、子供達がホースの水を掛け合って大騒ぎしている。「マイアミ」の前には色とりどりのパラソルが砂浜に差してあり、その下で数人の人が昼寝をしている。「海浜ホテル」の前では、スイカ割りをしていた。囲んでいる人々が好加減な指示を出して声援しているのが、亮一の耳にも聞こえてくる。
「もっと右。ちがう、右、右」
「あの、すいません」
突然の声に驚いて、亮一は双眼鏡を落としそうになった。

「いらっしや・・・」
立ち上がりかけると、目の前に同学年の笹本恵美子が、黒い浮輪を胸に抱いて立っていた。
「−−おじさんは?」
恵美子は亮一がここにいることに怪訝な表情を浮かべた。丸い浮輪の聞から、紺色の水着がのぞいている。亮一は妙に落ち着かない気分になった。

「おじさん、おらんの?」
亮一は彼女のまっすぐな視線に目を合わせることができないまま、黙ってこくんと頷いた。
「誰にお金払ったらいいが?」
浮輪を細い丸太に掛けながら、彼女はシヤンハイの方に目を向けた。

「オレでいいちゃ」亮一は慌ててつっけんどんに応えた。
「なあんだ、留守番してたんだ」恵実子は亮一に五十円玉を渡した。
「どうも」
「それじゃ」
恵美子はすこしだけ小首を傾けて言うと、はにかんだ笑顔を残して走っていった。水着の腰のまわりに付いた同色のフリルが、風を受けて愛らしく揺れている。亮一はその後ろ姿が海浜ホテルの向こうに隠れるまで、ぼんやりと見送った。

亮一は恵美子とはずっとクラスが違っていたので、今日まで一度も話したことがなかった。だいたい、姉以外の女子とまともに話をしたことがないのだ。学校で見る彼女はいつも明るく微笑んでいて、ひとえの細い目はいつも優しそうだった。
「ささもとえみこかあ・・・」
亮一は椅子の背にもたれかかって、さっきまでの緊張をほぐすように大きく伸びをした。それから預かった五十円玉を眺めながら、彼女が亮一に言ったわずかな言葉を何度も思い起こしてみた。

鉄男が息せき切って戻ってきた。



  

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