第十二話

救助隊

ボート小屋は、浜茶屋「シヤンハイ」よりいくぶん海寄りにこじんまりと建っていた。普段おっちやんはこの小屋の前の日陰に座り、ボートや、車のチューブで出来た黒い浮輪を貸し出しながら、双眼鏡で海を監視している。日陰の丸テーブルの上には、おっちゃんの腕時計と煙草と双眼鏡が置いてあった。

「あんなことして見つかるがかのう」
亮一はパイプ椅子に座って、双眼鏡を覗きながら言った。捜索現場を見守っていた人々が、すこしずつ引き上げ始めていた。
「やらんよりいっちゃ。でもあれ、絶対に死んどっじゃ。−−あっ、ボウヤちょっとそれ」
鉄也は亮一から双眼鏡を奪うと、正面の海に向けた。遊泳地域の向こうを二艘の漁船が横切っていく。
「おおう、とうとう漁船のお出ましかあ。−−黒い潜水服着た人が二人も乗っとっじゃ」
「それって、救助隊みたいなもんかのお」
「かっこいいじゃあ、あの恰好」
「オレにも見して」
二人は双眼鏡を交代で覗いた。
漁船は現場に到着したまま動かず、岸で若禿の警官と黒い潜水服の男が話している。

「ボート貸して」不意に女の声がした。
いつの間にか若いカップルが傍らに立っていた。
「あ、いらっしやいませ」
二人は慌ててて立ち上がった。
「あそこにあるやつ、どれでも好きなの乗って下さい」
鉄男が岸にあげてあるボートを指差し、小屋に立て掛けてあるオール二本をもたつかせながら男に渡した。亮一はすかさず腕時計を見て、「おまけ」と耳打ちした。
「時間、おまけしときます。お金は後でいいです」

カップルが甘ったるい笑いを残して行くと、二人は大袈裟にため息をついて椅子に座った。
「ボート出してやらんでもいいがかのお」
「あ、忘れとった。ボウヤ、行って引っ張ってやれよ」
「いやちゃ」
「オレもいやちゃ。そんなもん、自分らでやりゃいいがよ」

亮一が何気なく見ていると、男は要領が悪くなかなかボートを海に出せないでいる。女は腕を組んでただ見ているだけだ。
「だら(ばか)、押してどうすんがよ。向こうに回って引っ張らんかい」
亮一は小声で罵倒した。
「なんか始まるみたいだじゃ」鉄也が叫んだ。

二艘の漁船が潜水服の男達を岸に残したまま、沖へとまっすぐ疾走していくのが見えた。
「諦めたんじゃないが?」
「そんなことあるわけないねか。見とってみい、なんか始めっちゃ。だって、さっきからなんもしとらんもん、あの漁船」
「潜水服の人を連れてきたねか」
「それでっちゃ救助隊にならんねか。二艘も船おるがやぜ」
「それより、あのボート出してやらんでもいいがかよ」
カップルの男はまだボートを押していた。

「まだやっとるがかよ」
呆れて前方の男に目をやった鉄也は、急に無邪気な声をだして、
「ボウヤ、オレあのボート出してくっから、あそこ見に行ってきてもいい?」
と、捜索現場を指差しながら亮一にせがんだ。
「う、うん、いいよ」亮一は仕方なく応えた。
鉄也は嬉しそうに走っていくと、あっという間にカップルのボートを浅瀬に引っ張り出し、そのまま波打ち際を現場へと走っていった。  



  

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