第十話

銀色シール

三日前の夕方のこと、
鉄也は見知らぬネクタイ姿の初老の男が、近所の家の玄関に、楕円形のシールを丁寧に貼っているところを目撃した。そのシールは縁が銀色に光っていて、英語の文字が印刷されているなんとなくかっこいいシールだった。
あれは一体何なのだろう、と鉄也は気にしながら通り過ぎたが、何気なく見ていると、他にもシールを貼ってある家が何軒かあった。

英語が刻まれたシールの貼ってある家・・。
どうしたらおれのうちにもあのシールを貼ってもらえるんだろう・・鉄也は気になったが、どうしたら貼ってもらえるかなんてことはわかる筈がなかった。

ところが昨日、おばあちゃんがこしらえてくれた昼飯を食べて家を飛び出すと、鉄也の隣の家の玄関で、先日見たネクタイの男が隣のおばさんとなにか話しているのがみえた。
この家にもシールを貼るのか−−と見ていると、案の定、男は玄関先に出てきて、玄関口の右上に例のシールを貼った。

「おっちゃん、そのシール、、」
思わず鉄也が声を上げると、男は振り向いて、
「んっ、このシールのことか?」と、優しそうに笑った。

隣のおばさんが慌てたようすで玄関先に出てきて、
「この子んちには、ばあちゃんしかおらんから、行ったって駄目ですちゃ」
と、困ったような顔をした。
男は頷いてから、鉄也を優しく見下ろした。

「お兄ちゃんとこにもテレビあるのかな」

鉄也は「うん」と言いそうになった言葉を咄嗟にのみこんだ。
一年前、鉄也の家にもようやくテレビがはいった時、母親が何度も、知らない人にテレビがあるなんてことを絶対に言うんじゃないぞ、と言っていたのを思い出したのだ。

テレビがあるなんて知れたら盗まれるから、と言われていたのだ。だがこのおじさんが泥棒だとはとても思えない。鉄也はどうとも答えようがなく、「ん、ん−」と、口籠ってしまった。

「このシールはね、テレビのある家だけに貼る特別なシールなんだよ」
男はそう言うと、隣のおばさんに「それじゃ」と頭を下げて、立ち去ろうとした。
鉄也は、このままでは自分の家には二度とシールを貼ってもらえなくなる気がした。

なんとかしないと。
おれの家にもテレビがあるんだから。
なんとかしないと。

「おっちゃん、うちにもシール貼ってよ」
鉄也は男の後ろ姿に向かって慌てて声をかけた。

「鉄ちゃん、あんた」
おばさんは軽く舌打ちして、ため息をついた。振り返った男は、おばさんのようすを見てから、「いいよ」と優しく鉄也に微笑んだ。

「−−そんで今朝、ラジオ体操から帰って母ちゃんに、昨日シール貼ってもろたっていうたら、急に怒りだして・・・なんか、オレ、ようわからん」
亮一にもよくわからない話だった。

「そんでそのシールにっちゃ、何書いてあんが?」           
「エネエチケーだと」
「何それ?」
「知らんけど・・・母ちゃん、テレビ隠さなならんいうて、父ちゃんはもう長いこと観とるがだから、いいねかいうて、そしたら母ちゃん、そんな金どこにあるがよいうて、よけいに怒り出して・・・ほんでオレ、十時まで縛られることになったが・・・」

鉄也の日焼けしたふくらはぎには、帚の柄で殴られたに違いない跡が、幾筋かついていた。



  

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