第九話

うなだれて夏休み

亮一は夏休みの日記を一週間分一気に書き終えると、鉛筆を放り投げた。
日記を書けといわれても毎日同じようなことしかしていないんだから、同じようなことしか書くことがない。だいたい特別変わったことなどあるわけがない。「今日は海に行って友達と遊んだ」ぐらいしか思いつかない。でもそれじゃあ芸がないし、毎日同じでは先生に怒られるかもしれないので、今日は砂遊びをしたとか、今日は飛び込み台から飛び込んだとか、適当に付け加えたのだった。

大きく伸びをしながら掛け時計を見上げると、十時まで後二十分あった。亮一は十時まで後もう少しというこの時間帯がいつも退屈で仕方がなかった。朝の十時までは自宅で勉強することというきまりになっていたからだ。

本当をいうと、どうせただの夏休みのきまりなのだし、父や母が勉強のことでとやかく言うこともなかったから、このきまりを守る必要などどこにもなかった。家で好き勝手にしていても先生が見ているわけでもない。だが、姉の みゆき がいた。

中二のみゆきは荒っぽくて、腕力も滅法強い。あろうことか、学校で女番長の地位を獲得していた。そのくせ頭も良かったので、亮一は小さい頃からみゆきに逆らいようがなかった。そのみゆきに十時まで宿題しろと言われた以上、とにかく机に向かっていなければならなかったのだ。
今も隣で机に向かってマンガを読んでいる姉の、大笑いする声が聞こえている。せっかくの夏休みなのにうんざりした気持ちになり、亮一はため息をついた。

十時になったとたん、亮一は四角い紺色の海水パンツとランニングシャツに手ぬぐい、というお決まりのいでたちで、母親のサンダルを引っかけて家を飛び出した。それから鉄也の家の玄関に回り込もうとしたのだが、その手前で、不意に足が止まった。路地を隔てた狭い空き地に、鉄也がうなだれて立っているのが見えたのだ。

鉄也は、物干し台の柱に後ろ手に縛られていた。胸から上は陽が当たっていて、鉄也の横顔は泣いているように見えた。

亮一に気付いた鉄也はすぐに照れ笑いを浮かべると、
「やっと十時になったがか。ばあちゃんにほどいてもらわんとあかんがだけど、ボウヤでもいいちゃ。縄ほどいてよ」
と、無理に明るい声で言った。

亮一が縄を解くと、鉄也は大急ぎで家に駆け込み、すぐさま四角い紺色の海水パンツとランニングシャツという亮一と同じ恰好で戻って来た。

「これ、もうちょっとで母ちゃんにはさみで切られるとこだったじゃ」
鉄也は海パンをつまみながら苦笑いした。

去年の夏、鉄也は父親の海水パンツをはいていた。それはだぶだぶで、地味な横ラインが入っていて、しかも逆三角形という子供には恥ずかしいしろものだった。やっと今年自分の海パンを買ってもらえて、鉄也が大喜びしていたのを亮一は知っている。

鉄也の母ちゃんはどうしてそんな大事な海パンを切ろうとしたのだろうか。だいたいどうして自分の子供なのにいつも殴ったり縛ったりするのだろうか。

「何したが?」浜に向かう路地を並んで歩きながら、亮一は聞いた。
「それが、ようわからんがよ」戸惑ったようすで鉄也が答えた。




 

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