第四話

注射すっから


洋介が赤色のポリ容器の液を注射器に手際良く注入しているのを鉄也が真剣な顔で見つめていた。なんだか医者の手術に立ち会うようなおごそかな感じがして亮一も息をつめた。

と、その時、突然カエルが飛んだ。
かがんで眺めていたと亮一の頭を飛び越えて、逃げた。

鉄也が慌ててカエルを追った。狭い二畳の部屋の隅に追いつめられたカエルは何度も飛び上がるが、どこにも逃げ道はない。すぐにカエルは鉄也に押さえつけられた。
「こいつ、ぬるぬるしとって、このままでっちゃ解剖できんちゃ。ボウヤ、こいつ押さえとってよ。手ぬぐい持って来っから」

鉄也に代わって亮一がなんとかカエルを押さえつけていると、
「ボウヤ、しっかり押さえとかれ(押さえておけ)。注射すっから」
と洋介が言い、注射針を上に向けて医者がするように液をすこし出すと、カエルの後ろ足に針をぶすりと刺した。

押さえつけているカエルの抵抗が激しくなってきて、亮一はドキドキしてきた。いよいよ解剖だ。亮一の指先に力が入る。

鉄也が手ぬぐいと一緒になぜか金づちを手に持って戻ってきた。
「その金づち、どうすんが(どうするの)?」と洋介。
「後でわかっちゃ(わかるよ)」
鉄也は説明する間も惜しそうに金づちを机の下に置くと、カエルに手ぬぐいを被せ、あっさりとベニヤ板の上に戻した。

注射したカエルがいっこうにおとなしくならないので、洋介は鉄也に命じてカエルをあっちこっちひっくり返させながら、緑、赤、緑、赤、と液を次々に注射していった。しかし6本全部を注射し終わってもカエルに変化は起こらなかった。

「この薬っちゃ元気の薬なんかのう」
洋介はカエルを見下ろし困惑したようすで首をかしげた。
鉄也は、手ぬぐいで押さえつけたまま手を離せないでいるカエルにお腹を何度も蹴られながら苦笑いしている。

不意に亮一は、カエルの生臭い匂いが部屋の中に漂い始めていることに気付き、オレたち興奮してるんだなあと、なんだか可笑しくなった。

「こんなん待っとったって駄目だじゃ。薬、効きそうにないねか(効きそうにないじゃないか)」
そう鉄也はボヤくと、覚悟を決めたように二人の顔をぐっと睨み、
「オレとボウヤで解剖すっから、洋ちゃんは教科書見ながら命令してくれ」と力強く言った。亮一は頷いた。洋介も素直に頷いて、教科書を読み始めた。

「麻酔したカエルを仰向けに解剖皿にのせ・・・なんのせ(とにかく)、裏返せ」

鉄也は素早くカエルをひっくり返し、手ぬぐいを払いのけるとカエルの黄色い腹を両手で押さえつけた。亮一はすかさず前足を握り、カエルをバンザイの格好にさせた。

カエルの躰のあちこちに、注射した跡がコブのようにいびつに膨らんでいた。真っ黄色な喉を引きつらせ、眼をむき、後ろ足をばたつかせて、凄まじい抵抗だ。亮一はカエルの眼を見ないようにした。

「金づちここにあっから、手んとこ、虫ピンで打ってくれ」
机の下の金づちを足で示しながら鉄也が洋介に向かって言った。

洋介はなんだかぼやっとしている。
「洋ちゃん、早う虫ピン打ってよ。洋ちゃんしかおらんねか(いないじゃないか)」
「−−−」
洋介は何か言おうとするが言葉が出てこないようすで、ぼやっと突っ立ったままだ。

「洋ちゃん、早うしられ(早くしろ)!」
鉄也は年上の洋介に、叱るように言った。


 

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