第三話

昆虫採集セット


亮一が家に帰ると、ちゃぶ台の上には、いつものように茹でて冷たくなっているジャガ芋がザルに盛ってあった。そのジャガ芋を皮のまま食べながら、急いで姉の理科の教科書を探した。

きれいに片付いている姉の机の上の本棚には運良くめあての教科書があった。亮一はその教科書と昆虫採集セットを手に持つと、鉄也の家に急いだ。昆虫採集セットというのは、先月買った『科学』という雑誌に付いていた付録である。

一人っ子の鉄也の両親は、亮一の両親と同じように共働きだった。だから学校から帰っても家にはいない。いつもは家にいる鉄也のおばあちゃんも、この日はうまいぐあいに家にいなかった。

勝手知ったる鉄也の二畳の勉強部屋に駆け込むと、ひとつ年上のふとん屋の洋介がすでに来ていた。帰り道でばったり会って、洋介も解剖に参加することになっていたのだ。

鉄也の勉強机の上には、準備よろしく縦横五十センチくらいのベニヤ板が敷いてあり、ベニヤ板の上には、二箱の昆虫採集セットと、泥で汚れたカバンがカエルを入れたままのっていた。                  

「教科書、見して(見せて)」
洋介が嬉しそうに言った。
部屋の隅の、壁と窓に面して置かれた机の前で、三人は頭を並べて教科書の解剖図に見入った。

すこしすると、閉め切った二畳の狭い部屋の中が、三人の熱気と、カバンから発する泥臭い匂いとでむせ返り始めた。鉄也が机の左側の窓を全開させた。梅雨明けの、すこし湿ったぬるい空気が部屋に入り込み、思わず三人は一緒に深呼吸してしまってから、顔を見合わせて笑った。

「これあんがい簡単だちゃ」
「でもクロロホルムなんかないじゃ」
「注射器と薬ならあっちゃ」

三人それぞれの昆虫採集セットには、プラスチック製の注射器と、麻酔薬らしき液体が入った緑色と赤色の二本の小さなポリ容器、そしてピンセット、虫めがね、虫ピン数本が入っていた。洋介のセットにだけは、貧弱なはさみとメスも付いていた。

「バッチリだにか(バッチリじゃないか)。じゃあやるか」
鉄也は他の二人の表情を目で確かめながら言った。

カバンから出された食用ガエルは、背中で息をつきながらもベニヤ板の上でじっと動かなかった。
それにしても大きい。亮一は改めて感心した。

鉄也はカエルの背中を撫でながら、
「すまんのう、実験だから・・・」と静かに詫びた。


 


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