第二話

ねちゃねちゃ


「よし!」
鉄也は白いキャンバス地の通学用肩掛けカバンを、用水路の向こうの農道に放り投げた。カエルを捕まえるつもりだ。

躰が大きすぎるせいか、カエルの動きは鈍い。カエルの両脇腹を鉄也が簡単に掴んだ。
「ねちゃねちゃで、気持ちわり〜」
気持ち悪いのに嬉しそうな声を上げて、鉄也はカエルを持ち上げようとした。カエルは後ろ足をぐぐぐっと伸ばし、躰をひねらせて鉄也の両手から逃げた。何度やっても、ぬるっという感じで逃げる。

亮一もカバンを放って掴みかかった。カエルはやはりぬるっと逃げた。カエルがぬるっとしているのは水に濡れているせいかと最初思ったが、どうやらカエルの皮ふからぬるぬるした粘液のようなものが分泌されている感じだ。

「ねちゃねちゃで、気持ちわりいのう」
そう言いながらも、亮一の頭の中にはひとつの計画が浮かんでいた。
それは、三才年上の姉の教科書に載っていた『カエルの解剖』を実行することだ。

その計画を素早く鉄也に耳打ちした。とたんに鉄也の眼が強烈に光った。さすが親友である。


急に鉄也は眉をしかめて不安そうに四方を見回すと、周りで見ている小二達の中の、一番泥だらけのリーダー格の子に向かって低い声で怒鳴った。
「おまえら、田圃をこんなにぐちゃぐちゃにして、いいと思っとんがか(思っているのか)!見つからんうちに早う帰れ」

リーダー格の子は一瞬むっとした顔をしたが、カエルにもそろそろ飽きていたらしく、「帰ろうぜ」と言って駆けていった。他の子たちも、その子の後を追って慌てて走り去った。

「ボウヤ、邪魔ものはいなくなったぞ」
鉄也はにやりと笑った。こんな時の鉄也の機転の良さはバッグンだ。

「でも、どうやって捕まえんが(捕まえるの)?」
「いい考えがあっじゃ(あるよ)」
鉄也は農道に放ってあったカバンをひっくり返して、中にあったものを全部出した。
ぶちまけられた教科書やノートの間から、算数の答案用紙がのぞいていて、赤字で大きく25点と書いてあるのが見えていたが、鉄也はそんなものには目もくれず、カラになったカバンをぶらぶらさせて、「こいつで運ぼう」と言った。


カエルを捕まえるのは驚くほど簡単だった。 
鉄也がカバンの口を広げてカエルの前に置き、亮一がカエルの尻を二、三度叩くと、カエルはのそのそと面倒臭そうにしながらも、すんなりカバンの中に入っていったのだ。

しかし当然のことに、鉄也の白地のカバンは内側も外側も泥だらけになってしまい、その汚れを見ると、亮一はすこし憂鬱な気持ちになった。
−−てっちゃんの母ちゃん、鬼の母ちゃんだから、このカバン見たら絶対に怒る。こんなことならオレのカバン使えばよかった・・・。 
亮一と鉄也の家は二軒隣だ。亮一は鉄也の母親の激しい気性を充分わかっていた。

「カバン泥だらけになったのう」
亮一が不安そうに言うと、
「こんなもん洗えばとれっちゃ(とれるよ)。それよかオレの本とか、ボウヤのカバンに入れてくれよ」
と、鉄也は無邪気に笑ってカバンを肩に掛け、カエルのいるふくらみを大事そうに脇に抱えた。鉄也のシャツと半ズボンにも泥が付いた。

「てっちやん、交代で持って行こうよ」
「おおっ、なんせ解剖だからのう」
鉄也は瞳を輝かせて、力強く応えた。



 

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