インドにハマッタじゃ!

第三話

聖地バラナシ到着

目を覚ますと、沢山の目が私を見つめていた。
なに、なんなの?ここはどこ?
すぐに私は自分が寝袋から顔だけ出して寝転がっていることに気がついた。あ、そっか、カルカッタからバラナシ行きの 夜行列車 に乗っていたんだ。列車の中は、すでに朝の気配がしていて、見回すと私ひとりが座席に寝転がっていた。

慌てて寝袋から這い出すと、三人掛けの木の座席の上で寝袋を小さくたたみ、窓側に寄った。さっきまで通路に立っていたインド人の男性二人が、にっこりして私の隣に座った。そうか、彼等は寝台車の中段と上段で寝ていたのだな。朝が来て、下段の私が起きるのを待ってくれていたってわけね。それは申し訳ないことをした。
それにしても朝の六時前である。インドの朝は早い。

向かいの座席にいたインテリふうのドイツ人らしき青年と目が合ったので、まぬけな寝顔を見られたのが恥ずかしかったが、不安だったバラナシの駅のことを訊いてみた。

「バラナシには二つ駅があるんだ。この汽車はカント駅まで行くから、君はカントで降りればいいよ」
親切なそのドイツ青年は「カントだよ」と二度も念を押すと、途中で下車してしまった。
それから心細く、彼に教えられたとおりバラナシの大きな駅では降りないでそのまま乗っていたら、無事バラナシ・カント駅に昼頃着いた。


さあて、目指すは 久美子ハウス だ。まずはガンガー(ガンジス河)のダシャシュワメード・ガート(沐洛場)までリクシヤに乗ろう。リュックひとつの身軽さで改札を出ると、とりあえず地図でももらおうかなと思って駅のツーリスト・インフォメーションに向かった。

インフォメーションの前には係員の服装をした男が立っていて、「何か用かね」と声をかけてきた。
「ホテルを探しているのかね」とつづけざまに聞くので、
「いいえ」とだけそっけなく答えた。
声をかけてくるインド人というのは係員といえどもうさんくさい。

「どこに行くのかね」と、なおも男は聞いてくる。
「久美子ハウスよ」
この男をふりきろうとしてそう答えたのだが、途端に彼は「久美子ハウス?!」と大きく叫んだ。
「久美子ハウスに行ってはいけない!八力月前に 日本人の若い男が首を切られた んだ。それ以来誰も寄りつかない。危ない、危ない、行くんじゃない!」

首をシュッと切るジェスチャーを交えて男ががなりたてるので、なんだか私も不安になってきた。いくらなんでも係員の男がまるででまかせを言っているとも思えない。八ヶ月前というのもなんだか妙にリアルな感じがする。首切りはウソだとしても、何か事件があったのかもしれないなあ。
私の不安を素早く読み取った男は、ちょうどそこを通りかかった18才くらいの男の子を呼び止め、ヒンデイー語で何かまくしたてると、
「彼はリクシャワーラーです。彼が安全なホテルに案内します。 ノー、プロブレム
と、いかにも親切そうな笑顔を私に向けたのだった。


インド人はなにかというと、ノー、プロブレムと言うが、彼らがそう言う時の状況というのは、きまって プロブレムありあり なのだ。
油断大敵 を心にいつも命じていた私なのに、なんだか煙に巻かれたようにきょときょとしてしまい、結局その男の子のリクシヤに乗って、紹介された小さなホテルに落ち着いてしまった。

ホテルがそこそこ安かったので、ああよかった、だまされなかったと思ったのだけど、心のどこかでどうも引っ掛かる。どうもふに落ちない。

あの男はインフォメーションの前に立っていて係員ふうの服を着ていたけど、実は旅行者相手の ホテル斡旋屋 だったのかもしれない。もしくは係員なのに斡旋のサイドビジネスをしているのかもしれない。そして偶然通りかかったように見えたけど、リクシャワーラーの男の子もグルだったのかもしれない。そんな疑惑が頭をかすめた。

しかし、この時点では私はどうやら冷静ではなかった。それどころか、はっきりいってまるで冷静さを欠いていた。そうでなければ、ホテルを決めた後、あろうことか、その斡旋屋とグルかもしれないリクシャワーラーの男の子の誘いにまんまと乗って、 シタールの演奏を聴きにのこのこ出かける などという迂闊な行動を取るはずがない。本来の私がそこまで抜けているとは思いたくない。

いや、思いたくないだけで、やっぱり私ってそこまで抜けていたのだ。そしてウカツに出かけた私は、数分後には恐怖のどん底に陥ることになるのだった。


私を乗せたリクシャは、迷路のようなバラナシの細い路地を、激しい音を立てながら疾走していく。カルカッタのリクシヤは京都で見るような人力車だけれど、バラナシのリクシャは自転車で荷台を引っ張る 人力自転車 だ。自転車だけあって気持ちいいくらい速い。が、今は気持ち悪いくらい速い。

リクシャワーラーは時々振り返って、「もうすぐだ」と叫ぶが、シタールを聞くためになんでこんな路地の奥の奥まで入り込んでいくのだ。ヤパイ、ヤパイ、 完全にヤパイ
私は身の危険を感じて逃げようと思うのだが、リクシャは少しもスピードを緩めない。飛び降りれば骨折間違いなしだ。

私はショルダーバッグからウォークマンを取り出し、カセットに国名、名前、年齢、目についた看板の名前を英語で吹き込み、今の状況を日本語で吹き込んだ。万が一の時、助けを求める手段になるかもしれないと咄嗟に思ったのだ。それから 録音状態のままにしたウォークマン をバッグに仕舞った。
本当はインドの街角の音や、祈りの声なんかを録音したいと思って持ち歩いている最新型の録音機能付きウォークマンなのに、こんなふうに使われようとは、、、。

神様、仏様、インドの神々様、どうかこのリクシャワーラーが最悪の悪党の手先でありませんように、どうかこの迷路のような路地からにっこり笑って 生還 できますように、、。
今はただ祈るしかない私であった。


  

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