インドにハマッタじゃ!

第十四話

国境越えの村バイワラ

体力勝負のバスの旅は、やはり相当きつかった。

ポカラから国境の町バイワラまでバスで約八時間。ひどいデコボコ道の過激な揺れに、たえず座席から飛び上がっては胃を打ちつけ、窓ガラスに頭をぶつけ、砂ぼこりでのどをやられ、もう自分の肉体なんかどこかにうっちゃっておきたい気分だった。

ぼんやりした意識で座席前の手すりにしがみついていたら、車掌のお兄さんに突然どやされた。外に出ろと言っている。えっ、なんで?と見回すと、どう選ばれたのか乗客の何人かがぞろぞろと下車していた。

状況がのみ込めないのでしらんぷりをきめこんでいたら、お兄さんが「パスポート!」とどなった。国境はまだ先なのにこんなへんぴなところでパスポート検査をするってか。やれやれだ。しかたなく私はふらふらと下車し、列の後ろに並んだ。

村もない何もないただの埃っぽい道のわきに、ひさしがあるだけの小屋が建っていた。なるほど役人が数人いて、検問所のようだ。

私のビザの期限は明日だった。
だが、検査官のいかつい顔が近付いてくるうちに不安になってきた。
まさか何かとんでもない勘違いをしていてビザが期限切れになっていたなんてことはないだろうな。何かとんでもない いちゃもん をつけられて 連行される なんてことはないだろうな。



私の番がきた。
ヤクザの親分みたいな貫禄のある男が机の向こうにむすっと座っていた。その横に若頭のような男がギロリとした目で座し、両側に若い子分たちが立っていた。

私は机の上にパスポートを差し出した。親分はパラパラとパスポートをめくり、
「ジャパニ?」とドスの効いた声で聞いた。

その時、私はどうしたことか、イエスと答える代わりに、ノーと答えてしまった。
「ノー、 アイム ネパリ 」とね。

いくら私がネパリだと言ったところで、日本人なのはバレバレなのだ。だけど本当のところ、この時私は自分の本質はネパール人のような気がしていた。この地にいるととても安らぐ。

「ネパリ?」親分はこのうすらとぼけた小娘を前に、冷静に聞き返した。
うん、そうだよ、きっと前世でネパリだったのよ。とにかく私はもともとネパリなの。わかる?そんなニュアンスを伝えたくて、咄嗟にこう言った。
「イエス、マイ グランド グランド グラ〜〜ンド ファーザー イズ ネパリ」

「ほほぅ、おまえのひぃひぃじいさんはネパリなのか?」
「イエス」
「で、おまえもネパリなのか?」
「イエス」

ついにアホらしくなったのかなんなのか、親分がガハハと笑い出した。他のみんなもブハハと吹き出した。おまえがネパリだって?と子分たちははしゃいでいる。こりゃもう大爆笑といった笑いに包まれた。

親分は私のパスポートにハンコをガシッと押すと、
「グッド ラック!」とショーン・コネリーの渋さで手渡してくれた。
「グッド ラック!」と若頭もかっこよく笑った。
「グッド ラック!」と子分たちは何度も言って、いつまでも手を振ってくれた。

やっぱネパールはいい国だ。それにしても、嘘ついた罪で連行されなくてよかったっす。


 

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