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「恋の空中楼閣」より抜粋(その2) |
ステレオホールにて より
俺達は再び踊った。楽団が今日は又いかすタンゴばかり演奏するので彼女はすっかり御満悦だ。俺が時々新しいステップを入れても上手についてくるから不思議だ。褒めると益々調子に乗って、
「もっと私の知らない踊り方を教えて」とせっつき、一回目にうまくいかないと出来る迄何度も何度も繰り返させた。時に知っている曲が出ると□ずさみながらひらひらと舞う。上機嫌と軽快なリズムで沸き返る血潮がひしひしと俺の体に伝わってきた。照明が消された中に最後のワルツが流れ、俺達二つの肉体は陶然と溶け合って、ゆるくゆるく回転していった。
柔らかく枝垂れかかる彼女の体を俺のレインコー卜に包み込み、片手でしっかりと腰を抱いて、割れ物でも運ぶように大事に大事に新宿駅の構内迄連れて来た。俺の振る舞いは我ながら見上げたもので、決してそのすきにつけ込もうとはしなかった。
明るい蛍光灯の光の中で、終電車迄のわずかな間、相対して名残を惜しんでいると、俺にはチンプンカンプンながら、なにやらフランス語をロずさんでいるらしい様子なので、
「何だ?」と聞くと、ボードレールの散文詩”酔い給え”だと教えてくれた。そして俺の持っていた新聞の端に最後の行を書いてみせた。
”酔い給え休みなく!酒にでも詩にでも或は美徳にでも、お好きなものに”
そして、
「あなたはまさに美徳に、私は或はダンスにでも酔ったのね」と言って思う存分笑った。
それから、呆気に取られている俺を残して駆け去った。